『moja』(吉田桃子/講談社)を読んでおくと
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なんとなく1人になりたいとき、無駄なお金を使うのも嫌な僕は銭湯に行くようにしている。
今日もそうだった。
銭湯までの道のりで考えていたあれこれも、湯船につかったら忘れてしまう。
そうして頭を空っぽにしたら、風呂上がりに牛乳を飲んでパワーチャージ…というのがいつもの流れ。
でも、今日は少しだけ違った。
ロビーの自動販売機で牛乳を買おうとしたところで、話しかけてきたやつがいたのだ。
「よっ! 久しぶり!」
声がしたほうへ振り返ると、そこにいたのはようさんだった。
「ようさんじゃん! ようさんもここの銭湯来るんだ?」
「まあときどきね~」
ようさんは僕の中学校時代のクラスメイト。
ムードメーカーのようさんは誰とでも仲良くなれるタイプで、地味な僕にとっては数少ない友達だ。
中学生の頃はよく一緒に遊んだものの、それぞれ別の高校に進学してからはほとんど会わなくなっていた。
まさかこんなところで再会するなんて。
「さっき俺も一緒に風呂ん中いたんだよ? それっぽいのがいるな~とは思ったけど、全然こっち気にしない感じだったから、もしかして別人かなと思っちゃってさ」
「ごめんごめん、眼鏡外してるとほかの人の顔見えなくてね、わかんなかった」
2人そろって牛乳を買うと、僕らは並んで長椅子に座った。
近くの長椅子では、中学生くらいの男の子と女の子が牛乳を飲みながら楽しそうに話している。
僕らも久々の再会を祝して牛乳瓶で乾杯し、お互いの近況を報告し合った。
そして、ひとしきり話し終えたあと、ようさんはこんな話を始めた。
「この間さー、だいだいとべーもんに会ったんだよね。2人のこと覚えてる?」
「あー、覚えてる覚えてる」
だいだいとべーもんもようさんと同じく中学校時代の僕のクラスメイトだ。
控えめなだいだいとやんちゃなべーもんは性格こそ違うものの、同じ軟式テニス部ということもあって、仲良さそうにしていたのを覚えている。
「じゃあさ、だいだいと委員長が付き合ってるって知ってた?」
「え、そーなの!? それは知らない」
委員長とはあまり話した記憶がない。
委員長っぽいからという単純な理由でそのあだ名がついたほど(本当に委員長だったのかは定かではない)、真面目で地味な女の子だった。
クラスメイトとは雑談くらいならするものの、確か集団で行動するのをあまり好まない感じで、1人でいることが多かったような…。
「委員長ってさ、中学の頃すごい真面目で勉強にしか興味ないって感じだったじゃない? でもさ、だいだいが言うには結構感情豊かな子らしいんだよ。だいだいの前ではコロコロ表情変わるんだって」
「へー。僕の記憶でも基本的に無表情な子だったから、なんか信じられないな」
「でしょ!? 俺もべーもんも信じらんなくってさー。だから、だいだいと委員長がデートしてるとこ実際に見てみたいなって思って、4人で旅行行かないかって提案して」
「え!? 行ったの?」
「行った」
「マジで!? 委員長、よくOKしたね!」
「まあ、中学の頃は俺もべーもんも委員長とは普通に話してたからね。それでこの前、4人で観光に行ったんだけど、委員長普通に真顔なのよ。全然デートって感じしなくてさ。しかも、『ここの観光は1時間以内で』とか『この電車に乗り遅れるとバスの時間が合わない』とか、すごい的確に移動の指示出してくるから、なんか修学旅行の班長なんじゃないかなみたいに思って」
「やっぱようさん達がいると緊張しちゃうんでしょ」
「かなあ? でね、2人のラブラブっぷりを期待してたけどまあ仕方ないかって思ってたら、べーもんもそれ気になってたみたいでさ。あいつ、委員長の素顔を暴くためにホテルでドッキリ仕掛けようって言い出したんだよ」
「うーわ。べーもんがいると大体変なことになるんだよな」
「委員長が部屋から出てる間に荷物隠して、そもそも委員長はこの旅行に参加してない風を装ったらどうなるかってドッキリ」
「え~。ちょっと委員長が気の毒」
「しかもこのドッキリ、何が嫌かってさ、言い出したのべーもんなのに、仕掛け役じゃんけんで決めようとか言って、結局俺が仕掛けることになっちゃったんだよ」
「マジかよ」
宿泊先のホテルでは、だいだいと委員長、俺とべーもんに分かれて泊まることになっていた。
そこで、べーもんプロデュース(そしてなぜか実行は俺)の計画は以下の通り。
まず、だいだいが適当な理由をつけて委員長を部屋から追い出し、委員長がいなくなった隙に俺が自分の荷物を持ってだいだいの部屋に行く。
次に、委員長とだいだいの荷物を浴室に隠し、代わりに俺の荷物を部屋に置いて、俺しか宿泊していないように見せかける。
そして、だいだい本人も浴室に隠れ、帰ってきた委員長を俺が出迎える。
最初からこの旅行には俺とべーもんしかいないと伝え、ドアを閉めてしばらく委員長を困らせたところで、だいだいが部屋から出てきてネタばらし。
委員長の反応が楽しみなような、ちょっと不安なような気持ちで、俺はホテルの部屋でそわそわしっぱなしだった。
そして、ついにだいだいから委員長が部屋を出たと連絡が来た。
荷物を持ち、行ってくるとべーもんに伝えると、ベッドに寝転んでスマホゲームをしているそいつは画面から目を離さず、片手をひらひらさせてこう言った。
「じゃ、ようさん頑張ってね~。俺は委員長がこっちの部屋にも確認に来たときのために待機してるから! こっちは任せろ~。あ、あとでどうだったかちゃんと聞かせてね」
べーもんのやつ、完全に他人事だと思っていやがる。
俺は苦笑いしながら部屋を出た。
だいだいの部屋に行くと、すでに2人の荷物は移動させてあった。
委員長はロビーの自動販売機にお茶を買いに行っているらしい。
そういえばこんなドッキリを仕掛けて、彼氏であるだいだいはどう思っているのだろう。
「だいだい」
「なあに?」
「いいの? こんなドッキリ仕掛けちゃって。委員長、怒ったりしない? 喧嘩始めないでね?」
「大丈夫だよ。それに、彼女がどんな反応するのか、僕も気になるし。すぐにネタばらしすればいいから」
それだけ彼女のことを信頼してるってことなのだろうか。
まあ、彼氏が大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろう。
ここはだいだいの言葉を信じて、俺は委員長のリアクションをしっかり拝むことにしよう。
そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。
だいだいが息を潜めたのを確認し、俺は部屋のドアを開けた。
委員長はペットボトルのお茶を2本持って立っていた。
俺の顔を見て意外そうな顔をしている。
よし、いよいよ本番スタートだ。
俺は驚いたふりをしてこう切り出した。
「あれ、委員長じゃん! 久しぶりー。何? 委員長もこのホテル泊まってんの?」
俺に驚かれ、委員長は少し混乱する表情を見せた。
普段無表情なので、これだけの変化でも珍しい。
「え…。ここ、323号室だよね…?」
「うん、そうだけど? 何か用?」
「あれ…。ようさんの部屋、隣の324号室じゃなかったっけ?」
「え? いやいや、324号はべーもんの部屋だよ。俺は最初からこの部屋に1人で泊まってるけど? っていうか、なんで俺らの部屋知ってんの?」
当然のように言われて、委員長はさらに困っている様子。
「えっ…。そっか、おかしいな…。あ、お邪魔してごめんね?」
「うん、じゃあ」
とりあえずドアを閉めた。
我ながら、完璧な演技だった。
少しだけだが、委員長が困っている表情を見ることができた。
さて、ここでドッキリを終了すべきか…。
のぞき穴から外を見てみると、委員長はスマホを取り出している。
どうやらだいだいに電話しようとしているらしい。
そこで俺は浴室に行き、2人の会話を聞かせてもらうことにした。
すぐにだいだいのスマホが鳴った。
『もしもし、だいだい?』
「うん。お茶買えた?」
『あのさー…。私達が泊まってる部屋、323号室でいいんだよね?』
「うん、そうだよ。」
『そっかー…。わかった。ごめん、もうちょっと待ってて』
そう言って電話は切れた。
もうちょっと待ってて?
改めてのぞき穴から廊下を見てみるが、委員長の様子はない。
どこに行ったのだろう。
まさかフロントに確認に行ったのだろうか。
だとするとまずい。
ホテルの人を巻き込んでしまうと大ごとになる。
今から追いかけようか迷っているうちに、再び部屋のチャイムが鳴った。
フロントの人に怒られるのを覚悟しつつドアを開けると、委員長が立っていた。
しかも、お茶が4本に増えている。
混乱を表に出さないように気をつけながら、俺は演技を続けることにした。
「あれ、また委員長来たの?」
すると、委員長は泣きそうな顔をしてこう言った。
「えー、まだようさんなの?」
まだってなんだまだって。それはともかく。
今まで見たことのない顔を見せてくれたのは嬉しいが、泣きたくなるくらい困らせてしまっているのかと思うと、ちょっとやりすぎたみたいだ。
こっちまで切なくなってきたので、そろそろ助けてあげようか。
「委員長、どうかしたの?」
「あのね、ようさん。真剣に聞いてほしいんだけど…」
委員長はここで言葉を区切り、うつむいてしばらく悩んでいるようだった。
そして、決心したようにこちらを見上げ、深刻そうな表情でこう言った。
「実は私、パラレルワールドに転送されたみたいなの」
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