今回紹介するのは、アメリカ人作家ポール・ギャリコの『ほんものの魔法使』(ポール・ギャリコ:作、矢川澄子:訳/ちくま文庫)。
1966年に発表されたファンタジー小説で、日本では1976年に大和書房から訳本が刊行されたのち、ちくま文庫にて文庫化された。
ただ、これらはすでに絶版になっており、本作は長らく古本でしか入手できない状態になっていた。
しかしこのたび、2021年5月に創元推理文庫から復刊されることが決定し、再び注目を集めている。
また、作者にはほかに、ファンタジー小説『雪のひとひら』や、映画化もされた冒険小説『ポセイドン・アドベンチャー』などの代表作がある。
動物好きでもあり、『猫語の教科書』や『トンデモネズミ大活躍』など、動物が登場する作品も多い。
本作にも主人公の相棒として、ものいう犬・モプシーが登場している。
口は悪いが人を見抜く賢さがあり、頼もしいキャラクターだ。
そのほかにも善人から悪人まで、バラエティ豊かな登場人物が魅力的な本作。
そのなかで特に印象的だったのは、やはり主人公アダムの純粋さだった。
あらすじ
魔法都市マジェイア。
そこは、世界中の魔術師が妻子とともに暮らす都。
魔術を職業にする者以外は立ち入り禁止で、どこにあるのか、その場所すら明かされていない。
彼らは仕事上、自分たちが超能力者であるように装わねばならず、商売の要である魔術のトリックが観客にバレるのを防ぐためにも、同業者たちで集まって暮らしていたのだった。
そんなマジェイアに1人の男と1匹の犬がやってきた。
彼の名はアダム。
ものいう犬のモプシーを相棒に、マジェイアで年に一度行われる魔術師名匠組合の加入試験を受けに来たという。
彼は街で出会った女の子・ジェインを助手に、無事予選を通過するのだが、誰も彼の魔術のトリックがわからない。
本人に聞いてみても、アダムは「ただの魔法」と答えるだけ。
そして、魔術師たちの間に不安が広がるなか、試験の本選が始まった。
アダムとの出会いで人生が変わるジェイン
魔術師として芸を学ぶためマジェイアにやってきたアダム。
だが、本作はアダムの成長物語ではなかった。
むしろ、彼の登場がマジェイアの人々に激震を与えている。
特に11歳の少女・ジェインは、アダムとの出会いで人生が大きく変わることになる。
ジェインはマジェイアの市長で魔術師名匠組合の統領でもある、偉大なるロベールの娘。
ところが、外ではみんなに尊敬され立派に職務を果たすロベールも、家では母親とそろってジェインの兄のことばかりを褒めそやし、彼女に対しては面と向かってみにくい子だと罵倒するいやな父親だった。
そんな家庭環境で育つと子どもはどうなるか。
作中には、以下のような一文がある。
人間はしかし、年がら年中ぶきっちょだの見ちゃいられんだの、ぱっとしないだのといわれつづけていると、いつしかなおさら、ありもしないものにつまずいてころんだり、きかれたことにもとんちんかんな答えか、または全然答えが出てこなかったり、自分のすがたのうつっている鏡やショウウインドウのまえを通るのをいやがったりするようになるものだ。
『ほんものの魔法使』p.30(ポール・ギャリコ:作、矢川澄子:訳/筑摩書房/2006)
ジェインは男性の職業とされる魔術師になりたいと思っているのだが、両親からダメな子扱いされるうちに練習でも失敗ばかりするようになり、自分に対して本当に自信が持てなくなっていた。
実際は賢くて優しい、かわいらしい少女であるにも関わらず。
彼女はそんなときにアダムと出会った。
ただし、彼はジェインに魔術のテクニックを教えたわけではない。
彼女のような境遇の子どもに必要なのは、無条件の愛と自分を認めてくれる存在、そして自分自身を信じることだ。
作中では犬のモプシーが彼女に愛を与え、アダムが彼女の素晴らしさを認めた。
そしてアダムは彼女に、とっておきの「魔法の箱」を教える。
「魔法の箱」について語る彼の優しい言葉は、ジェインのように自信を持てずにいるすべての人を勇気づけてくれるはずだ。
アダムの純粋さと人々の弱さ
アダムの存在に影響を受けたのはジェインだけではない。
魔術師名匠組合加入試験の予選会場でアダムたちと出会い友人になった無二無双ニニアンや、マジェイアの人々も同じだ。
ただし彼らは、アダムの登場をポジティブに捉えるどころか、その能力に動揺していた。
魔術が下手なニニアンは、自信のなさと臆病さゆえにアダムの助けを素直に受け入れることができなかったり、彼に嫉妬したりしてしまう。
また、「魔術=手品」であるマジェイアの魔術師たちにとっては、正体不明なアダムの能力は脅威でしかなかった。
自分たちを遙かに上回る能力者の登場によって、自分たちの存在価値が失われてしまうのではないか?
そんな不安を感じていたのだ。
リアルに描かれる人間の弱い心に共感するとともに、彼らとは異なるアダムの純粋さが際立って感じられた。
そして本作は、人間の弱さや愚かさを批判するのではなく、それらを認め、私たちを導いてくれる優しさにあふれた作品だと思う。
アダム自身の優しさや、家族から虐げられていたジェインをアダムが救うストーリーはもちろんだが、読み終えたあと、本作につけられた「罪のないお話」という副題に立ち返ったときに私は改めてそう感じた。
「ほんものの魔法」をあなたに
「ほんものの魔法」が私たちに勇気や希望を与えてくれるファンタジー小説。
魔法や言葉を話す犬など、ファンタジーらしい要素がたくさん詰まっているので、そのような世界観が好きな人なら必ず楽しめる。
さらに、深いメッセージも込められているため、自分に自信が持てずにいる人や、現実社会に疲れた人にもおすすめだ。
自分で自分の未来を開くため、アダムが教えてくれたことをずっと心に留めておきたいと思う。
私が読んだのはちくま文庫版だが、現在入手できるのは以下の創元推理文庫版。
国立大学にて日本文学を専攻。
一般企業に就職したのち、フリーランスのWebライターに転身。
クラウドソーシングサイトを通じて、大手出版社が運営する本のポータルサイトに書籍レビュー記事を投稿した経験を活かし、2019年に書籍・情報サイト「いかけや日記」を開設。
2020年頃、宝塚歌劇団のファンに。
舞台の原作本を読む機会が増えたことから、2024年、「いかけや日記」を宝塚原作本の紹介を中心としたサイトへとリニューアル。
なお、読書スピードは超スロー。