前回に引き続き、今回は『小説 イタリア・ルネサンス2 フィレンツェ』(塩野七生/新潮文庫)を紹介する。
本作は1993年に『銀色のフィレンツェ メディチ家殺人事件』というタイトルで朝日新聞社より刊行された作品を、改題・改稿したものだ。
主人公は前作と同じくマルコだが、タイトルにある通り、本作の舞台は彼の生まれたヴェネツィアからフィレンツェへと変わった。
作中には花の聖母(サンタ・マリア・デル・フィオーレ)教会を始めとする美しい建築物や、ボッティチェッリの『プリマヴェーラ』などのさまざまな芸術作品が登場し、マルコとともにフィレンツェの美しさに浸ることができる。
ただし、ここでの彼の旅はただの静かな独り旅では終わらなかった。
あらすじ
フィレンツェへ旅に出たマルコ。
その途中、聖ミケーレ修道院に泊まった彼は、近くの山荘(ヴィラ)で殺人事件があったことを知る。
事件の詳細は、フィレンツェに到着した後、旅宿「半月館(メッザ・ルーナ)」の主人・ジョバンニから聞くことができた。
なんでも、殺されたのはフィレンツェの君主・アレッサンドロ公爵の側近だという。
ジョバンニとすっかり仲良くなったマルコは、彼の誘いで花の聖母教会のミサに行くことになる。
ミサにはアレッサンドロ公爵や従兄弟のロレンツィーノなど、メディチ家の人々が顔をそろえていた。
そして思いがけないことに、マルコはそこでオリンピアと再会する。
久しぶりに2人きりの時間を過ごすマルコとオリンピア。
しかし、「半月館」に戻ってきたマルコを待っていたのは、ジョバンニが山荘での殺人事件の犯人として連行されたという知らせだった。
そしてマルコは、無実のジョバンニを救出しようと試みるうちに、メディチ家の内部抗争に巻き込まれることになる。
異国人のマルコ
マルコの出身地であるヴェネツィアと本作の舞台・フィレンツェは同じイタリアだが、当時はそれぞれ異なる国。
そのため、ここではマルコは異国人ということになる。
今回は一私人として観光に来たということもあり、前作のように彼が直接政治に参加するわけではない。
しかしながら、その家柄ゆえというべきか、ヴェネツィアでの政治経験ゆえというべきか、なにより彼自身の性格によるものが大きいのだろうが、ここフィレンツェでもマルコは気づかぬうちに国家規模の大事件に関わってしまう。
君主国フィレンツェ
ただし、フィレンツェが抱える問題はヴェネツィアとは大きく異なっていた。
外交問題に悩まされていたヴェネツィアと違い、フィレンツェは国内の政治体制に問題があったのだ。
その違いが前作と本作の大きな違いになっていると思う。
ヴェネツィアは貴族による少数指導制で政治を行っていることや、マルコがトルコ帝国との外交問題を担当していたことなどから、前作ではさまざまな国や立場の人物が登場していた。
一方、本作の舞台であるフィレンツェはメディチ家が支配する君主国。
立法も行政も司法も君主であるアレッサンドロ公爵の思いのままだ。
国政に携わる人数が少ないため、本作の登場人物は自然とメディチ家の人々が中心になってくる。
さらに、公爵はメディチ家の血をひいてはいるが庶子であり、スペイン王カルロスの後ろ盾で君主になったため信用も薄く、性格も冷酷な暴君として知られている。
君主制のフィレンツェでは、そんな公爵とメディチ家の人々の個人的な問題が直接国家の未来に結びついてしまうのだった。
本作では、マルコだけでなくロレンツィーノの目線からも物語が進んでおり、外側と内側の両方の視点から事件を知ることになる。
ただ、何かが起こりそうな予感はありながらも、なにが引き金となり、どのように事件が発生するのかはかなり先まで読み進めないとわからない。
マルコの事件への関わり方とあわせて、少しずつ運命に近づいていく展開に引き込まれた。
彼は天使か悪魔か
フィレンツェの史実をもとに、その裏側をドラマチックに描いた本作。
私は歴史に詳しくないが、本作を読んだことでかえってフィレンツェの歴史に興味が湧いた。
また、前作から続いて読むと、ヴェネツィアの政治体制との違いがはっきり感じられて面白い。
マルコの目から見てもロレンツィーノの目から見ても異常なフィレンツェ。
それを変えた彼は、天使なのか悪魔なのか。
あなたはこの事件をどのように捉えるだろうか。
国立大学にて日本文学を専攻。
一般企業に就職したのち、フリーランスのWebライターに転身。
クラウドソーシングサイトを通じて、大手出版社が運営する本のポータルサイトに書籍レビュー記事を投稿した経験を活かし、2019年に書籍・情報サイト「いかけや日記」を開設。
2020年頃、宝塚歌劇団のファンに。
舞台の原作本を読む機会が増えたことから、2024年、「いかけや日記」を宝塚原作本の紹介を中心としたサイトへとリニューアル。
なお、読書スピードは超スロー。