今回紹介するのは『銀ちゃんが、ゆく 蒲田行進曲完結篇』(つかこうへい/角川文庫)。
タイトルにある通り、前回紹介した『蒲田行進曲』の続編であり完結編だ。
映画も大ヒットした前作に比べるとそれほど知名度は高くないかもしれないが、本作も1994年に舞台化され、1997年には新国立劇場小劇場の柿落とし公演として上演されている(※1)。
近年においても、つかこうへいの没後10年にあたる2020年7月に新宿・紀伊國屋ホールにて本作の舞台が上演予定だったが、新型コロナウイルスの影響を受けて通常公演を中止し、朗読劇に形を変えて上演された(※2)。
その後、コロナ禍を経た2023年11月には、池袋シアターグリーン BIG TREE THEATERにて、倉岡銀四郎役に春田純一さん、村瀬小夏役に大下順子さん、村岡安次役に吉田智則さんというキャストで本作の舞台が上演された(※3)。
前作のラストで階段落ちに挑んだヤス。
あれから銀ちゃんたちはどうなったのか。その後のストーリーが描かれる。
あらすじ
物語は京都撮影所を見降ろす小高い丘の上にある古寺にて、銀ちゃんの葬儀が行われるところから始まる。
葬儀はすべてマコトが1人で手配したようだ。
故人の意向により銀ちゃんの死は小夏や娘のルリ子にも知らされず、公には銀ちゃんはハリウッドへ役者修業に行ったことになっている。
唯一その死を知らされた橘が東京から駆けつけ、2人だけで銀ちゃんを見送った。
火葬のあと、納骨をする前に骨箱を撮影所に向けるマコト。
銀ちゃんは階段落ちのあと、スタジオの前で妹のフィアンセに刺されたのだった。
そこから物語はヤスが階段落ちをした翌日までさかのぼり、あれから銀ちゃんの身に何が起こったのか、大部屋俳優であり銀ちゃんの運転手も務めるマコトの目線から語られていく。
明かされる銀ちゃんの生い立ちと家族
前作『蒲田行進曲』はヤスと小夏が語り手だったため、三角関係がストーリーの主軸になっていたように思う。
また、彼らを通して描かれる銀ちゃんは、気にくわなければすぐにヤスを殴ったり、自分の子を妊娠した小夏をヤス押しつけたりと、無茶苦茶な人物という印象が強かった。
しかし本作では、銀ちゃんの付き人であるマコトが語り手になることで、ヤスや小夏に見せなかった彼の素顔が描かれている。
銀ちゃんの異なる一面を知ることで、彼に感情移入しやすくなったとともに、銀ちゃんがストーリーの主軸であり、本作の主人公だということがはっきりしたように感じた。
もちろん本作でも彼の破天荒さは変わらない。
スチュワーデスの姉妹両方と付き合ったり、勝手に列車を発車させたり。
けれどその破天荒さが周囲の人を笑顔にし、場を明るくさせる。
振り回されても結局は許してしまう、みんなから愛されるスター・銀ちゃんの姿だ。
また、前作で妊娠中だった小夏が女の子を出産すると、銀ちゃんは娘の誕生に大喜び。
前作とは打って変わり、父親として頼もしい姿も見ることができる。
そんな銀ちゃんだが、ヤスや小夏には隠していることがあった。
それは、彼の生い立ちと家族のことだ。
本作では銀ちゃんの妹と父親が登場し、彼がどのような環境で育ったかが明かされる。
それは決して幸せな家庭ではなく、銀ちゃんはいつも明るく振る舞いながら木村貞雄(銀ちゃんの本名)としての暗い人生を封印してきた。
しかし、妹がフィアンセを連れて銀ちゃんのアパートを訪れ、父親が刑務所から出所すると、銀ちゃんの人生にも映画の撮影現場にも暗い影がさし始める。
さらには娘・ルリ子の病気も発覚し、銀ちゃんはこれまでの行いと自らに流れる血に苦悩する。
それはまるで、逃れることのできない血の呪いのようだった。
銀ちゃんは自らに流れる血を忌まわしく思い、家族を持つことを自ら禁じているのではないか。
飄々とした笑顔の裏で人知れず悩む姿は、前作の銀ちゃんの印象をも変えてしまった。
『新撰組魔性剣』の沖田と土方
一方、小夏はルリ子が誕生後してから子育てにかかりっきりになり、ヤスとすれ違うようになってしまう。
そしてヤスは田舎に戻り、小夏は女優として復帰する。
そこで小夏が出演することになるのが、映画『新撰組魔性剣』だ。
沖田総司が実は女性だったという設定で、主役の沖田役を小夏が演じる。
前作の映画『新撰組』に引き続き、銀ちゃんは土方歳三役、橘は坂本龍馬役で出演。
この映画、女性であることを隠している沖田が土方に惹かれるストーリーで、小夏と銀ちゃんの関係と重なるところがあり、普段は口に出さない心情が映画の台詞となって表れているようでとてもよかった。
ちなみに、作中では断片的にしか描かれないこの『新撰組魔性剣』だが、本書の「解説」によれば『幕末純情伝-竜馬を斬った女』のタイトルで単行本になっているらしい。
本作でごく一部を読んだだけでも面白そうだったので、気になる人はそちらもあわせてチェックしてみてはいかがだろうか。
マコトが目撃した本当の銀ちゃん
『蒲田行進曲』の完結編として書かれた本作。
前作を知っている人にはセットでこちらもぜひ読んでほしい。
正真正銘、銀ちゃんが主役の物語なので、『蒲田行進曲』で「これってヤスが主役?」「銀ちゃんはただのダメ男?」と思った人にもおすすめだ。
個人的には、わかりやすく泣けるというよりも、時間が経ってから思い出すことでじわじわ胸にこみ上げてくるタイプの作品だと感じた。
最期まで映画スター・倉丘銀四郎として生き抜いた銀ちゃん。
その生き様が、本当にかっこよかった。
参考記事
※1 つかこうへい没後10年追悼イベント 朗読 蒲田行進曲完結編『銀ちゃんが逝く』「蒲田行進曲とは」
※2 ORICON NEWS「舞台『銀ちゃんが逝く』公演中止&つかこうへい追悼イベント開催決定」
※3 SPICE エンタメ特化型情報メディア スパイス「錦織一清、演出・出演による舞台『蒲田行進曲完結編・銀ちゃんが逝く』の上演が決定 つかこうへい舞台のレジェンド俳優たちも出演」
国立大学にて日本文学を専攻。
一般企業に就職したのち、フリーランスのWebライターに転身。
クラウドソーシングサイトを通じて、大手出版社が運営する本のポータルサイトに書籍レビュー記事を投稿した経験を活かし、2019年に書籍・情報サイト「いかけや日記」を開設。
2020年頃、宝塚歌劇団のファンに。
舞台の原作本を読む機会が増えたことから、2024年、「いかけや日記」を宝塚原作本の紹介を中心としたサイトへとリニューアル。
なお、読書スピードは超スロー。