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傷つけ、傷つき、愛し合う(『蒲田行進曲』つかこうへい/角川文庫)

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今回紹介する『蒲田行進曲』は、劇作家として知られるつかこうへいの代表作のひとつ。

本書「解説」によれば、彼の小説は多くが舞台の小説化であり、本作も舞台が始まりだったそうだ。

舞台『蒲田行進曲』は1980年11月につかこうへい作・演出のもと東京・紀伊國屋ホールで初演。

その後、『野性時代』81年10月号に『銀ちゃんのこと』という表題で掲載されたのち、同11月に単行本化。

その際に加筆・改題され、舞台と同じ『蒲田行進曲』のタイトルになった。

そして82年1月、小説が第86回直木賞を受賞、同10月にはつかこうへい脚本、深作欣二監督により映画化された。

本書の「解説」は映画公開前の82年7月に書かれたものなので記載されていないが、映画『蒲田行進曲』は大ヒットを記録し、第6回日本アカデミー賞を始め数々の賞を受賞している。

さらに83年にはテレビドラマ化もされるなど、本作は初演舞台からわずか数年でさまざまなメディアで展開され、どれも高い評価を得ている。

そんな『蒲田行進曲』の書籍には舞台の台本である戯曲版も存在するが、今回は直木賞を受賞した小説版の『蒲田行進曲』を紹介する。

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あらすじ

京都のスタジオでは、映画『新撰組』の撮影が行われている。

作中で土方歳三を演じるのは、今回が映画初主演となる銀ちゃんこと倉丘銀四郎。

しかし、共演者で坂本龍馬役の橘にライバル意識を燃やす銀ちゃんは、自分が主役だということをはっきりさせるため、池田屋の「階段落ち」をやるべきだと大道寺監督に掛け合う。

その際、銀ちゃんから「階段落ち」に指名されたのは大部屋俳優のヤスだった。

理不尽ないびりを受けても銀ちゃんを慕い続けているヤスは、それを笑って引き受けた。

撮影が休みに入ったある日、ヤスのアパートに銀ちゃんが彼女を連れてやってくる。

その女性はヤスが憧れるかつてのスター女優・小夏で、銀ちゃんの子を妊娠していた。

銀ちゃんはそんな小夏を無理矢理ヤスに押しつけてしまう。

こうして、銀ちゃんとヤスと小夏のいびつな三角関係が始まった。

なお、本作は前半と後半に分かれており、「ヤスのはなし」と題された前半はヤスの目線から、「小夏のはなし」と題された後半は小夏の目線から語られている。

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銀ちゃんとヤス

スター俳優の銀ちゃんと、大部屋俳優として10年間スタントを担当しているヤスは、親分と子分のような関係。

しかも銀ちゃんは、カメラが回っていないときでもなにかと因縁をつけてはヤスに暴力を振るう。

さらには妊娠した彼女を押しつけるなど、なんでも言うことをきくヤスのことを都合よく利用しているところがある。

にもかかわらず、ヤスはそれらに耐えながら、銀ちゃんを心から慕っているのだ。

確かに、銀ちゃんは感情の落差が激しいだけで、ヤスや太、マコト、トメさんら大部屋連中を嫌っているわけではないし、ときに優しさや弱さを見せることもあり、憎めない性格だとは思う。

だが、そうだとしてもあんなに理不尽な扱いを受けているのになぜヤスが銀ちゃんを好きでいるのか、最初は不思議だった。

けれどヤスの過去を知るうちに、その理由が分かったような気がした。

きっとヤスは銀ちゃんが自分勝手で彼に対して遠慮をしない人だから惹かれている。

ただし、それは単にいじめられるのが好きということではなくて、自分がスターの銀ちゃんを支えているのだという誇りや、いつかこの辛抱が報われるのではないかという期待感、自分は人からけなされて当然の人間なのだという劣等感など、複雑な感情から成り立っているように感じた。

同じように、ヤスが「階段落ち」に挑む理由も、単に銀ちゃんや小夏のためだけではない。

そんな2人の関係は小夏を間に挟んでも変わらず続く。

元彼と今彼という、普通なら仲良くしづらい関係になってもだ。

ただ、ヤスが銀ちゃんに抱く憎しみと愛情は、のちに小夏に対して放たれる言葉から感じ取ることができる。

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ヤスと小夏

銀ちゃんに無理矢理くっつけられたヤスと小夏。

ヤスにとっての小夏は映画で見ていた憧れの女優だが、小夏にとってのヤスは見ず知らずの男だ。

最初は小夏がヤスを拒否し、ヤスは彼女の機嫌を損ねないようにするのに必死だった。

しかし、小夏がアパートで不自由しないよう危険な仕事に挑んでお金を稼ぎ、傷だらけで帰ってくるヤスを見ているうちに、小夏も心を動かされていく。

そして2人は、本当に結婚することを決める。

しかし、小夏がヤスを好きになると、今度はヤスが変わってしまう。

彼女に対する態度が次第に大きくなり、ヤスに対する銀ちゃんそっくりになっていくのだ。

小夏はいつもそばにいてくれるヤスを好きになったのに。

せっかく夫婦として歩み始めたのにすれ違ってしまう2人の姿はとても切なかった。

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銀ちゃんと小夏

もともと付き合っていた銀ちゃんと小夏。

小夏はヤスと暮らし始め、銀ちゃんにもめぐみという新しい彼女ができているが、別れた今でも2人はときどき会っている。

ヤスと夫婦になっても小夏は銀ちゃんを忘れることができず、新しい彼女に気を取られていた銀ちゃんも自分が小夏を愛していることに気づく。

これまでもくっついて離れてを繰り返してきた2人。

喧嘩するほど仲がいいと言われるとおり、本当は相性がいいのだろう。

しかし小夏は、自分が嫁になることを喜んでくれたヤスの家族を裏切ることができない。

2人の愛は、こじれにこじれていた。

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解消されることのない三角関係

スター俳優と大部屋俳優という上下関係だけでなく、小夏を挟んで元彼と今彼の関係になる銀ちゃんと小夏。

無理矢理くっつけられたところから本当の夫婦として暮らし始めるヤスと小夏。

くっついたり離れたりを繰り返し、愛し合っていても結ばれることのない銀ちゃんと小夏。

彼らは傷つけ、傷つくことでお互いに愛し合っている。

現代の感覚だと銀ちゃんやヤスのパワハラ的な側面に目を奪われがちだが、一言では表せない人間の複雑な内面がリアルに描かれていることこそが本作の魅力だと思う。

特に、ヤスの愛憎入り乱れた支配・被支配意識は現代に生きる私たちにも通じるものがあるのではないだろうか。

また、舞台からスタートした『蒲田行進曲』は、その後もさまざまな形で舞台化されている。

映画やドラマにもなっており、それぞれ同じ話でありながら異なる魅力があるはずだ。

異なるメディアの『蒲田行進曲』に触れれば、本作の持つ違った魅力を見つけることができるかもしれない。


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かなづち

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