書店でどんな小説を読もうか探していたところ、ある本の帯に書かれたキャッチコピーが目についた。
救えるだろうか。僕を殺人犯だと知っている君を。
どういうことだろうかと思い裏表紙も見てみると、帯にはさらにこのような記述があった。
この10年での日本全体の殺人認知件数は1万288件。検挙率の平均が98%。
単純計算で206人の殺人犯が捕まっていないことになる。
また、年間約17万人が死因不明の異状死として届けられるが、解剖に回るのはわずか12%。
およそ15万人の「異状死体」が、詳しく調べられないまま死因を特定されている。
他の先進国と比べて日本の解剖率は異様に低く、多くの死が見逃されている可能性がある。
殺人を犯しながら、誰にも知られず、
日常生活を続ける者たちがいる。
これは現実に起こっているかもしれない、
知ってはならない物語。
本のタイトルは『マーダーズ』(長浦京/講談社)。
普段サスペンス小説を読むことはあまりないのだが、リアリティがありそうな内容に興味をそそられ、たまにはスリリングな小説でも読んでみようと思い、買ってみた。
あらすじ
本作の主人公は阿久津清春。
過去に殺人を犯しながらも逮捕されず、ごく普通の商社マンとして生活していたが、柚木玲美との出会いにより彼の日常は大きく変わってしまう。
きっかけは、飲み会の帰り道に男性が女性をナイフで切りつけている場面に出くわしたことだった。
助けを求められ、仕方なく救ったその女性が玲美だったのだ。
彼女は、小学生のころ清春と仲が良かった倉知真名美が失踪・殺害された未解決事件のことや、のちに清春が事件に関わった人間を殺したことを知っていた。
そして、清春が殺人犯である証拠を握っていると言い、彼に行方不明の姉の捜索と実の母の死の真相究明を依頼する。
さらにその日の夜、清春のもとを警察官・則本敦子が訪ねてきた。
彼女も清春と同様、殺人の証拠を玲美に握られていた。
清春と一緒に事件を捜査するよう、玲美に命令されたと告げる敦子。
こうして、殺人犯による事件の捜査が始まるのだった。
表の顔に隠された狂気
清春・敦子に限らず、2人に事件の捜査を依頼する玲美もまた、殺人に加担した過去を持っている。
3人とも何食わぬ顔で普通の生活を送っているが、心の内には狂気が潜んでいるのだ。
特に主人公の清春は、倉知真名美の事件で犯人のアリバイを証言した人物の妻や恋人など、事件に直接関係のない人も含めて8人もの人間を殺しており、明らかに常軌を逸している。
本作は、そんな異常者3人の行動や考えを中心に描かれているが、不思議なことに読んでいて全く不快感がなかった。
それどころか、ときには清春や玲美がまともな人間のように思えることすらあった。
確かに、彼らは自らの保身のために事件を追っているのだが、真犯人を見る目や批判する声は私たちのそれと同じなのだ。
とても殺人犯が殺人犯を追っているようには見えないのだが、その一方で彼らの持つ狂気を感じさせる場面も散りばめられていて、そのバランスが巧みだと感じた。
また、本作の殺人事件は、どれも殺人行為を楽しむために行われたものではない。
みな、「この世に存在するべきではない人間を排除する」という勝手な正義感から行われたものだ。
自身が犯した殺人に対して少しも後悔や反省がなく、なすべき事をなしたとすら思っているその考え方は、まさに正義の暴走だろう。
しかし、そんな彼らの考えにも共感できる部分があった。
そのため、もしかしたら自分の中にも狂気が潜んでいるのではないか。
本作を読んでそんな気分にさせられた。
清春の能力の高さ
この作品をよりスリリングにしているのが、清春の能力の高さだ。
事件の捜査を進めるなかで、ときには彼らの身に危険が及ぶこともある。
しかし、そこは殺人がバレていない犯人だけあって、清春の用意周到さと危険な状況を生き延びるパワーはすごかった。
戦闘能力の高さはもちろん、武器を用意するときも、ただのナイフではなく、家電量販店やディスカウントショップなどで状況に応じた武器を手作りしてしまうのだ。
彼は殺人犯なのだが、危機を乗り越えるシーンがまるでスパイものを読んでいるようで面白かった。
もちろん頭も切れる人物で、会話の駆け引きも上手く、殺人犯の目線からの推理も鋭い。
事件の真相も気になるが、この窮地を彼がどう乗り切るか、次にどんな行動を取るのかもわくわくしながら読んだ。
一気読みしたくなる面白さ
清春と敦子が追う、玲美の姉の失踪事件。
捜査を進めるうちに関連するほかの事件が次々に現れ、規模がどんどん大きくなっていく。
テンポ良く物語が展開するので、読み進める手が止まらなくなるだろう。
ただし、事件が大きくなるにつれ登場人物も増えていくので、関係性をきちんと整理しながら読むことをおすすめする。
果たして玲美の姉は生きているのか、そして彼女の母の死の真相とは。
また、清春と敦子は自分の過去にけりをつけることができるのだろうか。
小説を通じてスリルを味わいたい人や、リアリティのある小説が好きな人におすすめの1冊だ。
国立大学にて日本文学を専攻。
一般企業に就職したのち、フリーランスのWebライターに転身。
クラウドソーシングサイトを通じて、大手出版社が運営する本のポータルサイトに書籍レビュー記事を投稿した経験を活かし、2019年に書籍・情報サイト「いかけや日記」を開設。
2020年頃、宝塚歌劇団のファンに。
舞台の原作本を読む機会が増えたことから、2024年、「いかけや日記」を宝塚原作本の紹介を中心としたサイトへとリニューアル。
なお、読書スピードは超スロー。