大切なのは仕事?命?ブラック企業に入社した社員の選択(『逃げ出せなかった君へ』安藤祐介/角川書店)

近年、ブラック企業やパワハラなどのワードをよく耳にするようになった。

優秀な大学を卒業して大企業に就職した人が、パワハラや過重労働のせいで自殺してしまうケースも後を絶たない。

企業側も売り上げを重要視するこれまでの姿勢を変え、働きやすい環境作りに力を入れるようになっているが、いまだに職場環境が劣悪なところも多い。

本作『逃げ出せなかった君へ』は、そんなブラック企業に勤める3人の新入社員を中心にした物語。

作者は、『被取締役新入社員』や『本のエンドロール』など、仕事をテーマにした作品で知られる安藤祐介氏だ。

また、本作は2021年に加筆修正のうえ、『六畳間のピアノマン』と改題して文庫化された。

NHKでドラマ化も決定し、村沢役を俳優の加藤シゲアキさんが、夏野の父親役を段田安則さんが演じている。

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あらすじ

本作は、第一章から第六章までの連作短編であり、第一章のストーリーが作品の中心になっている。

そのため、ここでは第一章のあらすじを中心に紹介する。

大友・夏野・村沢の3人が入社した会社は、完全なるブラック企業だった。

早朝から深夜まで飛び込み営業を強いられ、朝礼では上司から罵倒を浴びせられる日々。

睡眠時間や食事時間がとれるわけもなく、非人間的な生活のなかで彼らの心身は疲弊しきっていた。

そして、入社から3カ月が経ったある夏の深夜、彼らは久しぶりに居酒屋でビールを飲み交わす。

一時的に人間らしさを取り戻したことで、大友は会社の異常さに気づき、逃げ出すことを決意。

ほかの2人も退職させようとするが、夏野と村沢はそれぞれ別の道を選択するのだった。

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関連していく物語

あらすじで触れたように、本作は第一章を中心とした連作短編となっており、ほかの章との結びつけ方が魅力的だと感じた。

まず、作品の核となっているのは夏野の存在と彼の選択だ。

夏野は本作のなかで、2つの選択をしている。

1つ目は、大友と村沢を誘って居酒屋に飲みに行ったこと。

2つ目は、会社に追い詰められた末に、ある道を選んだことだ。

そして、彼のこの2つの選択は、周囲の人の人生を大きく変えることになる。

第一章では、大友が会社を逃げ出してから7年後、彼が当時のことを思い起こすという設定で上記の物語が語られる。

そして、第二章から第六章までは、それからさらに1年後、つまり居酒屋で3人がビールを飲んだ夏から8年後が舞台だ。

また、各章はそれぞれ、夏野と何らかの形で関わった人物が主人公となっている。

第一章の主人公が夏野と同期の大友であることを始めとして、第二章の主人公はあの夏3人にビールを出した居酒屋の店員、第三章の主人公は夏野の父親だ。

作中では夏野本人の目線から物語が語られることはなく、すべて周囲の人物の目線で当時の出来事と現在の出来事が語られる。

さらに、物語が進むにつれ、登場人物はより複雑に絡み合っていく。

例えば、第二章の主人公が第三章の主人公と出会ったり、第三章の主人公が第四章の主人公と出会ったりするのだ。

あの夏から8年後、思わぬところでつながっていく物語は、予想外の連続だった。

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夏野の選択で人生が変わった人たち

各章では、上記の構成のもと、主人公たちが夏野の選択をどのように受け止め、結果としてどう人生が変わり、これからどのように生きていくのかが描かれる。

それぞれ別の人生を歩む彼らたちだが、信念を持って戦い続けているところはみな同じだ。

本作を読み進めるうちに、帯にある「働くために生きているのではない より良く生きるために働いている」というキャッチコピーが胸に響くように感じられた。

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再スタートは可能

自分の力で生きる道を切り拓いていく彼らは、私たちに再出発は可能であることを教えてくれる。

命の尊さや仕事の意義について描いた感動作。

会社員として働いている人にぜひ読んでほしい。

また、これから社会に出る高校生や大学生にとっても、本作は働く理由や生きる意味について考える契機となってくれるだろう。

最後に、ブラック企業で働く人たちが「逃げ出す」という選択肢に気づきますように。

そして、最悪の選択をする人が少しでもいなくなりますように。

そう心から祈りたい。

文庫版のタイトルは『六畳間のピアノマン』。


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