愛してはいけない女(『マノン・レスコー』アベ・プレヴォー:作、青柳瑞穂:訳/新潮文庫)

今回紹介する『マノン・レスコー』は、アベ・プレヴォーによる18世紀フランスロマン主義文学の名作。

本作の解説によれば、この小説は『ある貴人の回想録』という作品の7冊目としてあとから付け加える形で発表されたものだそうで、正式なタイトルは『騎士グリュウとマノン・レスコーの物語』という。

オペラ・バレエの題材に選ばれているだけでなく、映画化・ミュージカル化もされている。

特にジャコモ・プッチーニによる同名のオペラは有名だ。

また、アレクサンドル・デュマ・フィスによる小説『椿姫』にも本作が登場しており、ともに男たちを破滅させる女「ファム・ファタール」を描いた作品として知られている。

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あらすじ

「私」は出先のパシーで娼婦たちを連行する一隊に出くわす。

彼女たちはル・アーヴル・ド・グラースまで運ばれ、そこから船でアメリカに流されるのだという。

そのなかには一際目をひく美しい女がいた。

パリから彼女についてきたという青年に話を聞くと、自分は彼女を愛しており、釈放させるためにあらゆる手段を尽くしたがすべて無駄だった、自分も一緒にアメリカに渡るつもりだが、道中彼女と口をきこうとするたびに巡査が金を要求するので一文無しになってしまい、彼女と話すこともなにかしてやることもできないでいる、ということだった。

気の毒に思った「私」は青年に金貨を渡し、看守たちにも金を渡してル・アーヴルまで青年が恋人と自由に話せるようにしてやった。

2年後、カレーに来ていた「私」は街で青年と再会する。

彼はアメリカから帰ってきたばかりだった。

「私」は彼を自分が泊まっている宿に誘うと、事の顛末を聞かせてほしいとせがむ。

あのときの恩に報いるためと、騎士グリュウは自らとマノン・レスコー嬢の物語を語り始めた。

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騎士グリュウの後悔と不運の物語

先にも述べたように、本作は「ファム・ファタール」を描いた作品として広く知られているため、読み始める前はタイトルロールのマノンの悪女ぶりに焦点を置いた作品だと思っていた。

しかし実際に読んでみると、あらすじで紹介した通り、グリュウがマノンとの思い出を語る形で物語が進んでおり、彼が当時を振り返って自らの選択を後悔したり不運を嘆いたりする記述が多く見受けられた。

もちろん彼の目から見たマノンの描写もあるのだが、それよりも彼女の存在によっていかにグリュウが心を乱したのか、その心理描写のほうが中心になっている。

そのグリュウの語りのなかでよく登場するのが「弱さ」というワードだ。

彼はもともと美徳を好む品行方正な人物であり、悪人ではない。

その彼がマノンと出会って賭博や詐欺など数々の罪を重ねることになるのだが、それは決して悪気があってのことではなく、彼女の魔力に打ち勝つだけの意志の強さが自分にないからだと彼は弁明する。

マノンを満足させるためには金が必要であり、金がなくなると彼女は自分を裏切ることをグリュウは理解しているのに、彼にとって最も重要なことはマノンに愛されることであり、そのために罪を重ねてしまう。

周囲からも繰り返し諭され、自分でも不幸の原因は彼女だと理解しているはずなのに、彼はマノンと幸せに暮らす日々を信じ、彼女を諦めようとはしない。

マノンが誘導しているというより、自分で不幸に突っ込んでいく感じなのだ。

そんな彼の姿を見ていると、いい加減目を覚ましたら、と思いもするのだが、恋の前では道徳も良識もどこかに押しやられて逆らうことのできない彼の弱さに、同情もしてしまうのだから不思議だ。

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快楽のマノン・良心のチベルジュ

このように、グリュウが自ら語る物語であることを考えると、個人的にはやはり『騎士グリュウとマノン・レスコーの物語』という正式名称のほうがしっくりくるように思われる。

しかし今では『マノン・レスコー』のタイトルで知られ、ヒロインのマノンに注目が集まるのは、本作の解説を読む限りでは彼女が「今までにかつてなかったタイプの女」だからなのだろう。

彼女への愛と不徳で心を乱すグリュウと違って、マノンの心は一貫している。

彼女にとって最も大切なことは快楽なのだ。

自分のためにグリュウが罪を重ねることに罪悪感を抱かないどころか、お金のためなら彼女自身も平気で人を裏切る。

自分の心が絶対で、他者に惑わされることがない。

にもかかわらずマノンに対してあまり悪女の印象を抱かなかったのは、彼女にも決して悪気があるわけではなく、自分の欲望に素直すぎるだけのように見えるからだろうか。

男性からすれば、身を滅ぼしてさえも愛を求めたくなるような女性との出会いは夢なのかもしれない。

そんなマノンも最後にはグリュウを心から愛したように思えるのだが、2人の不運な物語の結末はぜひ本作を読んで確かめてほしい。

また、本作の登場人物でぜひ取り上げたいのがチベルジュだ。

彼はグリュウの3つ年上の友人で、僧侶になるべく神学校に通っている。

友情に厚く寛大な心の持ち主で、グリュウにさんざん騙され利用されても決して彼を見捨てず、困っているときにはいつも駆けつけてくれる。

そして、改心するよう彼に何度も忠告を与える。

まさに神のごとくグリュウに手を差し伸べ続ける彼の姿勢は、作中一貫して変わることがない。

グリュウがマノンの愛にかけていたように、チベルジュもグリュウの美徳を好む心にかけていたように見える。

だからこそ、彼も苦労をいとわなかったのではないか。

結局、努力が報われるかどうかは相手の心に委ねられているのかもしれない。

それにしても、チベルジュのようなよき友人・よき助言者がいてくれたらどんなに心強いだろう。

そして、彼のような存在のありがたみさえわからなくなってしまう恋の魔力とはいかに恐ろしいものだろう。

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恋は盲目

恋ゆえに盲目となり身を滅ぼした青年を描いた恋愛小説。

タイトルロールはマノンだが、グリュウの語りを追っていくうちについ彼の弱い心に同情したくなってしまう。

オペラや映画などを通じてこの物語を知った人も、原作を読んでみることでグリュウへの理解が深まるはずだ。

魅惑的ななにかに目がくらんだとき、美徳を実行できるだけの強さをはたして自分は持っているだろうか。

知らず知らずのうちにマノンのような相手に出会い、恋ゆえの盲目さでグリュウのような不幸に見舞われることになる前に、本作を読んでおくことをおすすめする。

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