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お祭り騒ぎに身を投じて(シェイクスピア全集『十二夜』シェイクスピア:作、松岡和子:訳/ちくま文庫)

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今回はイギリスの文豪・シェイクスピアの作品から、『十二夜』を取り上げる。

世界中で舞台が上演され、映画化もされている作品だ。

シェイクスピアの戯曲作品は主に史劇・悲劇・喜劇の3つに分けることができ、『十二夜』はそのなかの喜劇にあたる。

シェイクスピア作品はさまざまな出版社から日本語訳が出ているが、ここでは松岡和子さんが翻訳したちくま文庫を選んでみた。

本作のあらすじを紹介する前に、少しタイトルについて触れておきたい。

実は、本作のなかにはタイトルに関連する記述がないのだ。

そこで以下に、「十二夜」とそれに添えられた副題「What You Will」について、本書の「解説」から前沢浩子さんの説明を紹介しておく。

タイトルの「十二夜」とは、クリスマスから十二日目の一月六日、顕現日(エピファニー)の夜のこと。この日はクリスマスの一連のお祝いの最後の一日で、エリザベス女王の宮廷では、毎年、劇団を呼び芝居を演じさせ、華やかな祝宴をもよおしていた。〔中略〕楽しいクリスマスの季節の最後の一夜。そしてこの夜が終われば、また長く暗い冬の日々が続く。春の訪れを祝う復活祭まではまだまだ厳しい寒さに耐えなければならない。せめてこの最後の一夜を思い切り陽気に楽しもう、音楽と、酒と、恋の物語で。だからこの喜劇には、はめをはずしてもいいように、こんな副題がついている。『御意のままに(What You Will)』。

『十二夜』p.185-186(シェイクスピア:作、松岡和子:訳/筑摩書房/1998)

世の中の辛さを忘れ、目の前で繰り広げられるお祭り騒ぎを笑って眺めていたい、そんな気分にぴったりの作品だ。

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あらすじ

難破船から辛うじて生き残ったヴァイオラは、同じ船に乗っていた双子の兄を亡くした悲しみを胸に、イリリアという国にたどりついた。

彼女はそこで身分を隠すために男装し、「シザーリオ」と名を偽って領主であるオーシーノ公爵に仕えることにする。

すぐに公爵のお気に入りとなったヴァイオラは、恋の使いとして伯爵令嬢のオリヴィアのもとを訪れることに。

すると、オーシーノ公爵にまったく気のないオリヴィアは、男装のヴァイオラに惚れてしまう。

しかし、当のヴァイオラはオーシーノ公爵に惚れていて…。

そんななか、ヴァイオラの双子の兄・セバスチャンも妹を亡くした悲しみを胸に、彼らがいる町を訪れていた。

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報われない片思いとたくさんの思い込みによるお祭り騒ぎ

本作の見どころは全員片思い状態になっている3人の恋の行方。

男装しているヴァイオラはオーシーノ公爵に気持ちを伝えられず、同時にオリヴィアの恋が実ることもない。

このままでは誰も報われないのだが、どのように着地するのだろうか。

また、本作で片思いをしている登場人物はほかにもいる。

例えば、伯爵家の執事であるマルヴォーリオは、主であるオリヴィアに身分違いの片思い。

さらにオリヴィアには、サー・アンドルーという求婚者がいる。

そして、この複雑な関係をさらにややこしくしているのが、たくさんの思い込みだ。

それは、ヴァイオラとセバスチャンがお互いのことを死んだと思っていることや、オリヴィアが男装したヴァイオラに恋をしたことだけではない。

彼らがそれぞれの片思いに胸を焦がしている裏で、オリヴィアの叔父で酔っ払いのサー・トービーを始めとした伯爵家の人々は、マルヴォーリオとサー・アンドルーにある罠を仕掛けている。

その結果、マルヴォーリオはオリヴィアが自分を愛していると思い込んで狂い始め、サー・アンドルーはオリヴィアの期待に応えるためにヴァイオラに決闘を申し込む。

恋と酒は人を狂わす。

熱に浮かされた人々を誰も止めることはできない。

このお祭り騒ぎは、男装したヴァイオラにそっくりなセバスチャンの登場によって頂点に達する。

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洒落が効いたやりとり

本作は、セリフの言葉遊びも魅力だ。

以下に例として、オリヴィアの侍女・マライアとサー・トービーの会話を引用する。

マライア それよりね、サー・トービー、夜はもっと早くお帰りにならなきゃ。あんまり遅いんで、お嬢様はおかんむりですよ。
サー・トービー へん、何がおかんむりだ、早帰りなんざ無理だ。
マライア だけど、限度ってものがあります。少しは身をつつしんでいただかなきゃ。
サー・トービー 身をつつしむ? これ以上いい服に身を包むなんざごめんだね。

『十二夜』p.17(シェイクスピア:作、松岡和子:訳/筑摩書房/1998)

この部分については、脚注で以下のように解説されている。

マライアが your cousin, my lady, takes great exceptions to your ill hours. と言ったのに対し、サー・トービーは Why, let her except, before excepted. と答える。 to take exceptions の意味は「異議を唱える、腹を立てる」。 except before excepted は exceptis excipiendis 「しかるべき例外を認めたうえで」というラテン語の法律用語のもじり。マライアの exceptions を受けて意味をずらしている。次のマライアの「身をつつしむ(you must confine yourself)」も confine をわざと「身を包む(dress)」の意味に取ってまぜかえしている。このように相手の言葉を受けて意味をずらすのはサー・トービーのお得意。

『十二夜』p.17-18 脚注(シェイクスピア:作、松岡和子:訳/筑摩書房/1998)

このような言葉遊びは、サー・トービーだけでなく、侍女のマライアや伯爵家の道化・フェステのセリフのなかにも登場している。

特にフェステはその立場を活かして、伯爵家の人々にのみならず、オーシーノ公爵やヴァイオラに対しても冗談を飛ばすのだ。

ただし彼は、一連のお祭り騒ぎに多少関与しているものの、切ない恋の歌を歌う場面も多く、ほかの登場人物のように熱に浮かされているわけではない。

阿呆役を務めている彼が実は最も冷静なのかもしれない。

また、ヴァイオラやオーシーノ公爵、オリヴィアもウィットに富んだ言葉を巧みに操っている。

そんな、相手との知恵比べのような言葉の応酬が面白く、さらにこの喜劇を盛り上げている。

ちなみに、原文の言葉遊びをどのような日本語の洒落に訳しているのかは、当然翻訳者によって異なる。

そのため、言葉遊びの訳し方が、本作をどの翻訳で読むか選ぶ際の基準にもなるはずだ。

書店などで実際にいくつかの翻訳を手に取ってから決めても良いだろう。

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せめて今だけは楽しく

クリスマスの一連のお祝いの最終日である、十二夜のために作られたとされる本作。

読んでいるだけでも、舞台の上で行われるお祭り騒ぎとそれを観て楽しむ観客たちが目に浮かぶようだった。

言葉遊びなどに対して詳しい注がついている本書を読んでおけば、舞台や映画を観たときにもすんなりセリフが入ってくるのではないだろうか。

今回読んだちくま文庫は本文のすぐ下に注がついており、非常に読みやすかった。

とにかく楽しい話が読みたいときにおすすめの作品。

十二夜にこの演劇を観て楽しむ人々と同様、本作を読んでいる間だけでも嫌なことを忘れ、難しいことを考えず、ただひたすら笑って過ごしてみてほしい。


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かなづち

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