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【宝塚歌劇 雪組公演『心中・恋の大和路』原作収録】『曾根崎心中 冥途の飛脚 心中天の網島』:あらすじと見どころ解説

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近松門左衛門は江戸時代に活躍した人形浄瑠璃・歌舞伎作者である。

近松は作中で庶民の生活や感情を巧みに描き、当時の人々の心を捉えた。

今回は、彼の人形浄瑠璃の名作3編を収録した『曾根崎心中 冥途の飛脚 心中天の網島 現代語訳付き』(近松門左衛門:作、諏訪春雄:訳注/角川ソフィア文庫)を紹介する。

人形浄瑠璃とは、人形と語り物、三味線が一体となった舞台芸術であり、江戸時代から続く伝統芸能だ。

本書の本文には曲節の文字譜も一部ついている。

また、解説によると、「曾根崎心中」と「心中天の網島」は実際にあった心中事件を題材に男女の道行と心中を描いた心中物、「冥途の飛脚」は主人公が犯した罪により周囲の人間が苦しむ犯罪物に分類されるらしい。

一方で、これら3編には、遊女に惚れた男の愛の物語という共通点がある。

のちに歌舞伎の演目にもなっており(「曾根崎心中」は同名(※1)、「冥途の飛脚」は「恋飛脚大和往来」(※2)、「心中天の網島」は「河庄」「時雨の炬燵」として歌舞伎化(※3))、現代に至るまで多くの人々に愛され続けている。

さらに、「冥途の飛脚」に至っては、宝塚歌劇団が「心中・恋の大和路」のタイトルでミュージカル化。

心中物のように翻案されているのだから面白い。

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収録作品・あらすじ

本書は以下の3作品を収録

  • 「曾根崎心中」…遊女・お初と恋仲の醤油屋平野屋の手代・徳兵衛は、主人である叔父と継母が勝手に決めた結婚話を断ったことで叔父に勘当される。叔父に返さなければならない金も友人・九平次に騙し取られてしまった。九平次は証文を偽物だと言い、徳兵衛を詐欺師扱いした挙句、人前で彼を散々痛めつけたのだった。徳兵衛は死んで潔白を示す覚悟を決め、お初も一緒に死ぬことを決意する。その夜、2人は静かに曾根崎天神の森へ向かうのだった。
  • 「冥途の飛脚」…飛脚宿亀屋の主人・忠兵衛は、恋人の遊女・梅川が他の男に身請けされるのを防ぐため、友人・丹波屋八右衛門宛の為替金を使い込んでいた。金の催促に来た八右衛門に事情を話し、待ってもらえることになったが、八右衛門が梅川の友人たちの前で自分の悪口を言っているのを立ち聞きし立腹。客の預かり金を梅川の身請け金に使ってしまう。忠兵衛と梅川は廓から逃げ出し、人目を避けながら忠兵衛の生まれ故郷・大和新口村へ向かうのだった。
  • 「心中天の網島」…紙屋治兵衛は、遊女・小春と心中を決意するほどの恋仲であったが、周囲の反対により別れざるを得なくなる。その後、小春が他の客に身請けされるという噂を聞き、嘆き悲しむ治兵衛。妻のおさんは、夫と小春の心中を恐れ、小春に身を引くよう懇願していたことを明かし、彼女が自死を決意していることを悟る。おさんは治兵衛に小春を身請けさせるため、金を用意しようとするが、彼女の父・五左衛門が現れ激怒。五左衛門は2人を無理やり離縁させ、おさんを連れ帰ってしまう。すべてを失った治兵衛は、当初の約束通り、小春との心中を決意。2人は網島の大長寺へ向かうのだった。
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「逃走」に込められたそれぞれの愛の形

先ほども述べたように、本書収録の3作品はすべて遊女と男の愛の物語だ。

遊女と結ばれるには、大金を支払って身請けしなければならない。

しかし、本書に登場する男たちにそんな大金はない。

そして、他に金持ちの男が現れれば、恋人はその男に身請けされてしまう。

金がなければ結ばれることはない2人。

絶体絶命のピンチに陥った彼らの選ぶ道が、逃走だ。

この大筋は3作品に共通する。

しかし、そこに至るまでの事情にはそれぞれ違いがあった。

まず、心中物の「曾根崎心中」。

この作品では、徳兵衛が先に自死を決めたのち、お初も彼とともに死ぬことを決め、2人で廓から逃走する。

徳兵衛が死を決意したのは、自分の金を騙し取った友人の九平次に詐欺師扱いされ、大勢の前で殴られ蹴られ、面目を潰されたからだった。

これだけを読むと、そんなことで死を選ぶのかと疑問に思う人もいるだろう。

死んで潔白を示すという行為は、現代の感覚では理解しがたいかもしれない。

だが、脚注によると、当時は印鑑を偽造しただけでも「引き回しのうえ斬首、さらし首の重罪」。

九平次は「徳兵衛が九平次の印鑑を勝手に使って手形を書いて金を取ろうとした」と周囲の人々の前でアピールしたのだから、はめられた徳兵衛からすれば、命をかけて潔白を証明してみせるという気にもなるのだろう。

一方で、もうひとつの心中物である「心中天の網島」は、小春が先に自死を決めたのち、治兵衛も彼女と共に死ぬことを決め、2人で廓から逃走する。

小春は金持ちの太兵衛への身請けが決まったことで自死を決めた。

治兵衛の方は、妻・おさんの協力を得て、太兵衛より先に小春を身請けできそうになるものの、おさんの父・五左衛門の登場で金のめどが立たなくなったうえに、妻と離縁させられたことで小春とともに心中することを決める。

ここで、なぜおさんは夫に遊女を身請けさせようとしたのか、不思議に思う人も多いだろう。

だがそれは、おさんと小春が治兵衛に隠れて手紙のやりとりをしていたからなのだ。

もともと治兵衛と小春は心中の約束をしていた。

しかし、おさんは愛する夫に死んでほしくない。

そこで、小春に手紙を送り、治兵衛を殺さないために身を引いてくれと頼んだのだ。

小春はそれを受け入れ、わざと愛想を尽かしたように振る舞った。

そして別の男への身請けが決まり、今度は小春が命を絶とうとしている。

小春の治兵衛に対する愛の深さを知っていたからこそ、おさんは小春の命を助けたかった。

女同士の義理深さにも胸を打たれる。

もうひとつの作品、「冥途の飛脚」は心中物ではなく犯罪物だ。

この作品では、心中するために廓から逃げるのではない。

客の金を勝手に使い、捕まれば殺されることが決まっている忠兵衛。

死のうと思えばすぐにでも死ねる、それならば生きるだけ生き、一緒にいられるだけ一緒にいようと、2人で逃げることを決める。

つまり、生きるための逃走だ。

この点が心中物の2作品と異なる。

また、この作品では男女の愛だけでなく親子の愛も描かれているのが印象的。

忠兵衛の父親・孫右衛門と梅川が言葉を交わす場面では、孫右衛門の息子に対する親心に胸を締めつけられた。

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古典なのにハラハラドキドキ

本書に収録されている作品はどれも男女の悲恋を描いた古典作品だが、ただ悲しいだけでなく、それぞれハラハラドキドキさせられる場面があり、ここからどう展開するのかと楽しみながら読むことができた。

例えば「曾根崎心中」の、夜にお初が天満屋から抜け出す場面。

お初が梯子から落ちて下女が起きそうになったり、暗闇の中で火打ち箱を探し回る下女にぶつからないように這いまわったり、下女が火打石を打つ音に合わせて戸を開けたりと、手に汗握る展開の連続だった。

無事に抜け出せるのか、ハラハラさせられた。

フィクションではあるが、かなりリアリティのある場面だと思う。

実際に浄瑠璃を見ていなくてもその場面が目に浮かんだ。

また、「冥途の飛脚」では、忠兵衛の養母が八右衛門に早く金を返せとせっつくところが非常に面白い。

金は使ってしまって手元になく、さてどうしようとおろおろしているところ、たまたま金五十両に形がそっくりな鬢水入れがあり、それを紙で包んで養母の見ている前で八右衛門に手渡す。

悪知恵に呆れながらもちょっと笑える場面だ。

そして、「心中天の網島」では、2人が心中を決めるまでに何回もこちらの想像を裏切る展開が登場する。

例えば、小春が治兵衛を裏切ったのかと思えば、後に妻のおさんと手紙のやりとりがあったと明かされたり、小春を訪れる侍の客が実は治兵衛の兄だったり、治兵衛が小春を身請けできそうかと思いきや五左衛門がすべてを台無しにしたりと、まったく先が読めない。

飽きることなく読むことができ、個人的には3作品のなかで最も面白く感じた。

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古典芸能への扉を開く一冊

人形浄瑠璃や歌舞伎作品として現代でも親しまれている名作を収録した本作。

古典芸能に興味があるけれど、何から読めばいいかわからないという人に特におすすめしたい。

現代語訳と詳しい解説が付いているため、古典の知識がなくても安心して読み進めることができる。

遊女との恋というと、現代ではあまりなじみのないテーマかもしれないが、恋ゆえに身を滅ぼしてしまうことの儚さや、金がないゆえに思い通りにならない苦しみなどは、私たちにも通ずるものがある。

また、作品世界に引き込まれるハラハラドキドキの展開もあり、古典に苦手意識を持つ人でも面白く読めるのではないかと思う。

本書を読んだあとで実際に人形浄瑠璃や歌舞伎の舞台を観劇すれば、本作の世界をより深く理解できるはずだ。

また、先に人形浄瑠璃や歌舞伎で本作に触れたことがある人も、本書を読むと細かな設定の違いに驚くかもしれない。

ぜひ、本と舞台、セットで楽しんでほしい作品だ。

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参考記事

※1 文化デジタルライブラリー「歌舞伎事典:曽根崎心中」

※2 文化デジタルライブラリー「歌舞伎事典:恋飛脚大和往来」

※3 文化デジタルライブラリー「歌舞伎事典:心中天網島」

運営者
かなづち

国立大学にて日本文学を専攻。
一般企業に就職したのち、フリーランスのWebライターに転身。
クラウドソーシングサイトを通じて、大手出版社が運営する本のポータルサイトに書籍レビュー記事を投稿した経験を活かし、2019年に書籍・情報サイト「いかけや日記」を開設。
2020年頃、宝塚歌劇団のファンに。
舞台の原作本を読む機会が増えたことから、2024年、「いかけや日記」を宝塚原作本の紹介を中心としたサイトへとリニューアル。
なお、読書スピードは超スロー。

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