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各々の解釈を生み出す「語り」の仕掛け(『地獄変・偸盗』芥川龍之介/新潮文庫)

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以前、このブログでは芥川龍之介の『羅生門・鼻』を紹介した。

今回はそれに引き続き、同じ芥川作品から『地獄変・偸盗』を取り上げる。

芥川の歴史小説は典拠があるものが多い。

そのなかでも平安時代から鎌倉時代の作品をもとにした小説は“王朝もの”と呼ばれており、新潮文庫においては『羅生門・鼻』と『地獄変・偸盗』の2冊に分載されている。

前期の作品を収録した『羅生門・鼻』が“王朝もの”第1集、後期の作品を収録した『地獄変・偸盗』が第2集となっているため、2冊続けて読んでみた。

今回は、本書のなかから「語り」が印象的な2作品を選んで紹介する。

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収録作品・あらすじ

本書は“王朝もの”の6作品を収録。

  • 「偸盗」…盗人として生きる男女が織りなす、複雑な人間関係と多様な愛の姿を描いた物語。
  • 「地獄変」…優れた腕前だが横柄で高慢な性格でもある絵師・良秀が地獄変の屏風を描く。
  • 「竜」…宇治の大納言隆国に昔話を所望された陶器造の翁が、鼻蔵という法師が行ったいたずらの顛末を語る。
  • 「往生絵巻」…五位の入道が阿弥陀仏の姿を求めて歩き続ける。
  • 「薮の中」…薮の中で起こった出来事について、関係者がそれぞれ異なる証言・自白を行う。
  • 「六の宮の姫君」…両親が亡くなったことで生活に困窮し、結婚せざるを得なかった六の宮の姫君の運命を描く。

ちなみに、「偸盗」「往生絵巻」「薮の中」「六の宮の姫君」は『今昔物語集』を、「竜」は『宇治拾遺物語』を、「地獄変」は『宇治拾遺物語』と『古今著聞集』をもとにしており、“説話もの”と分類されることもある。

さらに、本書の「解説」では、「偸盗」にはプロスペル・メリメの『カルメン』、「地獄変」にはフリードリヒ・ヘッベルの『ユーディット』、「薮の中」にはブラウニングの『指輪と本』とアンブローズ・ビアスの『月光の道』からの影響が見られる点についても触れている。

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想像を膨らませるのが楽しい「薮の中」の「語り」

本書のなかの「薮の中」は、物語の「語り方」が面白い作品だ。

「解説」において、ほかの作品に比べて「創作化の程度がつよい」と指摘されている点でも注目したい作品といえるだろう。

芥川は、夫の前で妻が強姦されるという『今昔物語集』のストーリーを殺人事件に発展させただけでなく、作品を登場人物一人ひとりの独白のみで構成するという「語り方」の変更も行っている。

登場人物の主観によって語られる本作は、第三者の語り手が客観的事実を述べる通常の小説とは異なり、語られる内容を鵜呑みにすることができない。

登場人物の語りのなかには勘違いや個人の推測、嘘が含まれている可能性があるからだ。

さらに本作の場合、それぞれの言い分には食い違いが見られ、事件の真相が明らかにされないまま物語が終わっている。

そのため、何も考えなくても読み進めるだけで最後に真実がわかる推理小説とは違い、読み終わったあとも答えのない謎に対してあれやこれやと想像を膨らませることができるのが楽しい。

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解釈が変わる「地獄変」の「語り」

また、本書の表題作「地獄変」においても、その「語り方」が重要になっている。

本作は芥川の名作のひとつとされており、実際に小説を読んだことがなくても、自分の娘が炎に焼かれて死んでいくのを見て地獄変の屏風絵を完成させたという衝撃的なストーリーは知っている人が多いのではないだろうか。

実は、この「地獄変」も堀川の大殿様に仕えていた男の主観から描かれているのだ。

彼の語りによれば、堀川の大殿様が良秀の娘に恋心を抱いていたという噂は間違いであり、叶わぬ恋の恨みから焼き殺す女に彼女を選んだという噂も間違い。

実際は作品のために人の命を犠牲にしようとする良秀の根性を懲らしめようというのが大殿様の真意だったという。

しかし、これはあくまでも語り手の男の主観なので、その言葉をどこまで信じるかによって解釈が変わってくる。

本作は絵師・良秀の性格の歪みにばかり注目がいきがちだが、女を焼き殺してほしいという彼の望みを叶え、よりによってそれに良秀の娘を選んだ堀川の大殿様の人物像についても想像力を働かせてみると面白い。

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幸せはどこに

本書に収録されている作品について、今回は「語り」の面白さを中心に紹介した。

しかし、それはあくまでも魅力の片鱗にすぎない。

ここで紹介した2作品を含め、ほかの作品においても、心理描写の緻密さや、芥川の人生観が反映された深いテーマなどが読者を惹きつける。

私自身、登場人物たちの生き方を通して、人はどのようにして生きるべきか、どのようにして生きたら幸せになれるのか、そもそも幸せは存在するのかなど、色々考えさせられた。

どれも明るい話ではないので、気分転換に読むのにはあまり向かないかもしれない。

しかし、たまには名作を読んで、人生についてじっくり考える時間を持つことも大切ではないだろうか。


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かなづち

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