今回は前回・前々回に続くシリーズ3作目『小説 イタリア・ルネサンス3 ローマ』(塩野七生/新潮文庫)を紹介する。
本作もこれまでの作品と同様、1995年に『黄金のローマ 法王庁殺人事件』というタイトルで朝日新聞社より刊行されていた作品を、改題・改稿したものになる。
シリーズを通しての主人公・マルコのイタリア旅は、ついにローマへとたどり着く。
ここローマは、マルコの恋人・オリンピアの故郷でもあった。
ヴェネツィアの名門・ダンドロ家の当主であるマルコと高級遊女のオリンピアという、立場によって阻まれていた愛が、ついに本作で大きく動くことになる。
あらすじ
フィレンツェを出てローマにたどり着いたマルコ。
念願が叶い、システィーナ礼拝堂の天井に描かれたミケランジェロの「天地創造」を見に行くことになった。
その途中、彼とオリンピアを乗せた馬車は騎馬武者の一団とすれ違う。
その先頭にいたのは、法王パオロ三世の長男であるピエール・ルイジ・ファルネーゼ公爵だった。
法王宮に到着後、オリンピアはある若い枢機卿にマルコを紹介する。
彼の名前はアレッサンドロ・ファルネーゼ。
先ほどすれ違ったピエール・ルイジ・ファルネーゼ公爵の長男である。
彼の口ぞえのおかげで、マルコは仕事中のミケランジェロのもとを訪ねて「天地創造」を鑑賞することができたのだった。
その帰り道、マルコとオリンピアの馬車は血まみれの男を担いで走る男たちに出くわす。
2人はその男を馬車に乗せて病院まで運ぶことにしたが、怪我人はオリンピアになにかを言うと息絶えてしまった。
マルコには聞こえなかったその言葉に、オリンピアは顔色を変える。
彼女には、マルコに隠している秘密があるのだった。
人生の決断
これまでなかなか進展を見せなかったマルコとオリンピアの愛。
それが、シリーズ3作目にしていよいよストーリーの主軸になった。
今回はマルコとオリンピア2人の目線から物語が展開し、それぞれの人生にスポットライトが当てられている。
マルコはこれまで、ヴェネツィアの貴族として、そしてダンドロ家の当主として、国政に身を捧げることが当たり前と思って生きてきた。
しかしローマに来て、さまざまな古代遺跡を探索したり、ファルネーゼ枢機卿とミケランジェロのもとでローマ再開発計画の話を聞いたりするうちに、このままローマに住みつき、一私人として生きていくのもいいのではないかと思い始める。
なにより、家督を譲ってしまえばオリンピアとも正式に結婚できるのだ。
マルコは初めて自分の生き方を見つめ直すことになる。
しかし、マルコとオリンピアの間に横たわる問題は立場だけでなかった。
オリンピアがマルコに隠している秘密こそが、最大の問題となる。
彼女も彼女で、その秘密を抱えながらも自分がこれからどうやって生きていくか、自分の意思で選択しなければならない。
さらに、そんな2人の意思に関係なく、このタイミングでヴェネツィアの運命も動き出してしまう。
果たしてマルコはローマでオリンピアと結婚する道を選ぶのか、それとも祖国ヴェネツィアで政治の世界に身を投じる道を選ぶのか。
彼らが出した答えに注目だ。
過去・現在・未来
これまでのシリーズと同じように、本作でもローマのさまざまな芸術作品や建築物が登場する。
作中にはマルコが古代ローマ時代の遺跡を見ながらヴェネツィアの未来に思いを馳せる場面があるが、私も彼とともにその場に立っているような気分になった。
マルコの知らないヴェネツィア共和国の未来を、読者の私たちは知っている。
また個人的には、マルコがカンピドリオに置かれたマルクス・アウレリウス帝の騎馬像のかたわらに立って考え込む場面に登場する、「波」についての記述が印象に残った。
長くつづく国家には必ず波がある。国の勢いが高まった時期とそれが低くなった時期が、海の波でもあるかのようにくり返すのである。(中略)国家や民族にまだ体力が充分な時代は同じ高さの波がくり返すのだが、ある時期から、波は以前の高さにまではもどってこなくなる。それが、終わりのはじまりだ。それ以後は少しずつ、もどってくる波の高さが低くなりはじめる。それでも、くり返すことはくり返す。ただ、少しずつ高さを落としながらくり返していって、やがては終焉を迎えることになる。それが、国家なり民族なりの生涯ではないのか。
『小説 イタリア・ルネサンス3 ローマ』p.214(塩野七生/新潮社/2020)
まだ波を同じ高さまで戻す体力は残っているだろうか。
もし元の高さに戻ってこないことを悟ってしまったら、私たちはその運命を受け入れるしかないのだろうか。
静寂のあとに訪れる新しい波に希望を託すことで、再び心が安らぐだろうか。
個人や企業も含めて、日本、そして世界の未来を思わずにはいられなかった。
愛の結末を見届けて
古代が息づく都市・ローマを舞台に、歴史に翻弄される愛を描いた本作。
秘密を秘密のままにしていたからこそ、マルコとオリンピアはこんなにも愛し合えたのだろう。
歴史小説としてだけでなく、大人の恋愛小説としても楽しめる作品だ。
また、本書の口絵には、当時のローマの地図に加えて現代のローマの航空写真もついており、街の変容を比較できるようになっている。
マルコたちが生きた時代のあと、歴史はどのように動いたのか。
彼らが描いた夢はどこまで実現したのか。
口絵を見ながら想像を巡らせてみるのも面白いかもしれない。
国立大学にて日本文学を専攻。
一般企業に就職したのち、フリーランスのWebライターに転身。
クラウドソーシングサイトを通じて、大手出版社が運営する本のポータルサイトに書籍レビュー記事を投稿した経験を活かし、2019年に書籍・情報サイト「いかけや日記」を開設。
2020年頃、宝塚歌劇団のファンに。
舞台の原作本を読む機会が増えたことから、2024年、「いかけや日記」を宝塚原作本の紹介を中心としたサイトへとリニューアル。
なお、読書スピードは超スロー。